2013年1月22日火曜日

アシスタント候補生に関するお知らせ

お知らせです。


昨年の10月から募集していた札幌限定アシスタント候補生ですが、1月中旬までで計6名の応募があり、想定よりも多数であるため一旦募集を休止することにいたしました。
2〜3名でも応募があればと思っていた程度でしたので、とても嬉しいです。
もし応募を検討されていた方がいましたら、どうぞご了承ください。

<候補生に応募くださった皆様へ>
引き続きご自身の作品制作を続けていらっしゃると思いますが、自分なりに上達を確信できる新作が描けたときには、いつでもメールに添付してお送りください。
私からみなさん個々人への技量の評価は、みせていただいたものが全てになります。現時点で募集開始から3ヶ月が経ち、原稿の1本くらい完成させていたりはしませんか?
何ヶ月か時間が空くと、みなさんがご努力されて上達していてもそれを知ることができず、応募の時の評価のままになってしまいます。
自信作が描けたらぜひ見せてくださいね。

2013年1月16日水曜日

【ブログ連載企画】「ロッキング・オン・ザ・リバーサイド 第2回 中学校編(1)」

zzz...




.........むにゃむにゃ…



YOSHIKIさん……

…夢を…

夢を叶えたんだね……




…………

.........はっ!



…おはよう ございます……

ねててはいけませんね…

連日、作画作画で…朦朧として…………おります…



さて…

目ん玉かっぴらいて、いってみましょうか!!!

はい!やってきました。第2回!
怒濤の中学生編へ突入です。2回目にして、きてしまいましたよ、中学時代を語るときが!
あらゆるロックスピリットの総本山、始まりにして終焉の地、永遠なる刹那の季節、薔薇香る地獄の思春期!
人生のすべてのねじれは中学時代に始まると言っても華厳の滝ではない!という、中学時代でございます。

中学時代の思い出は、語りたいことがいっぱいあるのです。
事件もいっぱいあります。可能な範囲で語りたい。語ることであの頃の気持ちを思い出し、漫画に反映させることが目的です。自分のネタ帳を公開するようなものです。

今回は題しまして、

「少年、親友と槇原敬之のコンサートにゆく」の巻。



僕が中学1年のときでした。
槇原敬之氏の「どんなときも。」が空前の大ヒット。連日連夜、テレビやラジオや有線放送からそのキャッチーなメロディーに素敵なメッセージをのせた最強のポップソングが流れてきます。



純朴だった僕は、ストレートに、その歌に打ち抜かれていました。
今でも大好きなんです。本当に。

「僕の背中は自分が 思うより正直かい?」

「迷い探し続ける日々が 答えになること 僕は知っているから」

じーーん…。

毎朝目が覚めては学校に行く前に新聞のテレビ覧をみて出演番組をチェックし、録画の予約をしておきます。歌番組はたいてい夜なので実はちゃんとテレビの前で待機しているわけですが、でも録画しちゃうのです。

そう…そうだ、あれは「冬がはじまるよ」が発売になった頃でしょうか。つまり、秋でしょうか。
とある歌番組が生放送で似顔絵FAXを募集してたので、早速槇原さんの特徴をとらえてイラストを描き急いで送ってみました。

そしたらなんと、それがご本人の目にとまり、1名だけプレゼントの<槇原さん使用の帽子>が当たったのです!!

うおーーー!!

すげーーー!!!!

やったーーー!!

すごいでしょーーーーーーー!!!!

わーーーーーー!!!



でも………

マテドモマテドモ、いっこうに…
…送られてこなかったんですよね…(テレビ番組を信用できくなったのはそれからですが…)あれはどうなったのでしょうか……フジテレビさん…20年待ってます…


さて、
そんな信濃川少年でしたが、
周りの同級生達は少し好みが違ったようでした。
ブルーハーツやB'z、TM Networkなど、男っぽかったり、スタイリッシュでかっこいい音楽がお好みのようです。

当然ですが、僕は、マッキーが好きだなんて、なんだかちょっと照れくさくて、言えませんでした。言いたい気持ちを隠しながら、スキがあったら言ってやろうと思いながら…TM Networkも好きだったので、それを共通項にして会話してたように思います。


ところが、そんなクラスで、ひとりだけ話ができる親友ができました。
Fくんといいます。
Fくんは、違う小学校からきて中学ではじめていっしょになった少年で、口元をひねってシニカルに笑います。
Fくんは、ニヤリとしながら、僕の大好きなマッキーを、いいよね、と言ってくれました。
Fくんとはよく喋り、お互いの家に遊びにいくなど仲良くなりました。いつしか彼のことを親友だと思うようになり、強力な援軍を得た気持ちで、クラスでマッキーファンであることをカミングアウトできる日も近い、と心躍らせたわけです。
僕は、本当にうれしかったわけです。


僕は思い切って、彼を誘ってみました。
槇原敬之さんのコンサートに。
Fくんは、いいね、行きたい、と口元をひねって言ってくれました。



場所は新潟市音楽文化会館。季節は冬。
チケットは、どきどきしながら初めてプレイガイドに電話して、しどろもどろになりながらも、なんとか確保。
放課後、制服から、せいいっぱいのおしゃれのつもりだけど超ダサい私服(たぶんトレーナーかなんか)に着替えて、電車にのり、雪のちらつくなか歩いて会場へ。

席はうしろのほうだったけど、コンサートは最高でした。
やっぱり生歌に勝るものはないです。
これが自分でチケットを買っていったはじめてのライブです。
ライブ童貞をマッキーに捧げたことは僕の大きな誇りです。
いま思い返しても、今や日本のポップ・ミュージックの最高峰に立ったと言っても華厳の滝ではない槇原氏の音楽に、若くして惚れていた僕はそんなにセンス悪くないぜ、と自負しております。

一方、会場のお客さんは、99%おねえさま達でした。当然ですね。
槇原さんといえば、なんといっても恋愛ソング。夢を歌った「どんなときも。」のほうが、当時の彼の歌の中では特異点だったかもしれません。
スニーカーにたんぼの泥をつけた二人の少年は、ヒールを履いた仕事帰りのオトナのおねえさま達に埋もれながら、人生初のライブ演奏を堪能したのでした。


ライブ後、Fくんに、ちょっと照れながら「よかったね」と言うと、
Fくんも、「よかった」と照れくさそうに口元をまげて言ってくれました。

僕は、うれしかった。

帰路のことは思い出せず。立ち食いそばでも食べて帰ったでしょうか。




さて、翌日。
興奮さめやらぬ僕は、もう誰かに言いたくて仕方ありませんでした。
「僕、マッキーのコンサートに行ってきたんだよ!」
「僕、生で『どんなときも。』を聴いてきたんだよ!」
声高らかに!さぁ!

…もしかしたら、数人に、自分でも気づかないうちに、言ってしまっていたかもしれません。


で。
その日の放課後、こっそりとFくんが近づいてきて、
僕に
言いました。



「あのさぁ…、

槇原のコンサートに行ったこと、

人に言うの、



…やめね?」









どうして…?

彼は目をそらし、口元をひねって、続けて言いました。



「恥ずかしいんだよね…」





………ガーーン!!!!



昨日、よかったって、言ってたじゃん!!
なんなんだよ!?
なにが今さら恥ずかしいだ、このやろう!!


援軍の裏切りともとれる
Fくんのこの発言に受けたショックは計り知れないものでした。

恥ずかしい…自分の好きな音楽が、恥ずかしいものとして、
隠されてゆく……

あの素敵な思い出が…なかったことのように……
隠蔽されてゆくのです……

13歳の少年の心に、どれほどの傷を負わせたでしょう…?

や、わかりますよ、13歳のピュアなボーイにとって、ラブソングが恥ずかしいってことは!!そういうお年頃ですからね。

でも…!!

でもーーーー……………!!!!!




「僕の背中は自分が 思うより正直かい?」



…僕は、
僕は結局…
正直には、なれませんでした…。僕の心は弱かったです。
僕は隠し続けました。
すいません。
本当に、槇原さんすいません。


Fくんの言葉にのまれ、誰にも言えず、中1のときを過ごしました。
僕の好きなものは、恥ずかしいのか…ずっとずっと悶々とし、そのショックをひきずって生きることになります。好きになることに自信がもてなくなっていくのです。

『自意識』が、産まれた瞬間です。


Fくんとは、中2になってクラスも変わり、疎遠になりました。
いま、どこかで元気にやっているでしょうか?


「僕の背中は自分が 思うより正直かい?」


Fくんは、正直に生きてるかい?
僕は、正直に生きるよ。20年、かかったけど。
迷い探し続けてるうちに、漫画家になっちゃったけど。





つづく……



--------------

…さて次回予告。
中2のクラスでピアノを弾ける少年に出会います。
彼の得意フレーズは、Xの「Silent jealousy」のイントロ。
ロックの洗礼を受け、いよいよ初めてのギターを買い、一緒にバンドを組むことになるのですが、そのメンバーがなんと札付きのヤンキーの先輩(金髪)で…

あー、こりゃ長くなりそうです。
複数回に分けますね…!!


お楽しみんね!!




2013年1月5日土曜日

【ブログ連載企画】「ロッキング・オン・ザ・リバーサイド 第1回 小学校編」

みなさま、明けましておめでとうございます。



はい。
今年は念願のロック漫画を連載する機会を得たということもあり、読者のみなさん・・・とりわけロックに熱い想いを抱くロックファンの皆様への「わたしこんなふうにロックと過ごしてきました」という自己紹介・・・というか言い訳や、自らの過去の記憶から漫画のネタを搾り出す…という意味もこめて、自分と音楽、とりわけロックに関するエピソードをときどきブログに綴っていきたいと思います。


題して「ロッキング・オン・ザ・リバーサイド」!

♪ロキノン リバーッサー、ってイギリス人のコーラスが聴こえてきそうなイカしたタイトルでしょ!?
名前に川が入ってますんでね・・・。
川のほとりでロックを語ろうということで許してください。


ギターを手にしたのは中学1年のとき。中学〜大学時代までひたすらバンドをやりライブハウスにも出たし、プロになりたいと思ってデモテープをレコード会社に送ったこともありました。なんの因果か漫画家になってしまいましたが、心の中に一度灯ったロックの火は消えない。いまはプロになりたいと思うことはないけど、でもやっぱりくすぶり続けています。
この記事を読んで、「少年よ、ギターを抱け!!」連載スタートを楽しみに待つもよし、あるいは連載開始後にこのブログに辿り着いてこの記事を読んで漫画家・信濃川日出雄に想いを巡らすもよし、「プロになりたかったけどなれなかった30男の哀しい話」として笑って読むもよし(プロミュージシャンのインタビューは面白いけど、アマチュアのただのロック好きおじさんの話は面白いのかってね)、ま、色々思うところはありますが、だらっと書きますので、だらっと読んでいただけましたら幸いでございます。あ、漫画のことにはあえてあまり触れずにいこうと思います。漫画に関しても語りたいことは勿論ロック以上に山ほどあるけど、それは別の機会に・・・。あ、それと実在の友人や家族に迷惑がかからないように適当にぼかして書くこともありますので、やんわりとご了承くださいね。


それでは第1回め。
小学校時代のエピソードからいってみます。
音楽との出会いです。

小さい頃から音楽はずっと好きでした。家にも親のレコードがいっぱいあってステレオセットでそれを適当に聴いたり、親兄弟もよくテレビで音楽番組をみていたので一緒にみていました。ベストテン、ヒットスタジオなど、よく覚えています。
うちにファミコンがやってきた年に、言わずと知れた伝説の名作・ドラクエⅢが発売になり(たしか小4か5?)、アホみたいにハマりました。漫画やゲームが好きで、幼いころはコロコロコミック、小学校に入ってからはジャンプを愛読して、漫画をノートに描き始めたのは小学校1年のときだし、ゲームの企画書のようなものをノートに書いてセガに送りつけたり、室内遊びだけでなく、外で野山をかけめぐったり野球をしたり魚釣りをしたりと、どこにでもいる小学生でした。
音楽は好きだったんだけど、授業で聴く音楽はだるかったです。リコーダーも鍵盤ハーモニカも楽しめず演奏はいまいち。クラシックは眠くなる、童謡は刺激がない、合唱は照れくさい。

たしか小学校4年のときでした。
新潟市から転校生がやってきたのです。たんぼしかない田舎の小学生にとってみれば、新潟市からきたTくんはスーパー都会っこであり、彼の話すことやることすべてがどういうわけか「都会っぽくて」かっこよくみえます。
そんなTくんがある日、おもむろに教室にあった足踏みオルガンでなにかを弾いたのです。

それは「ドラゴンクエスト ロトのテーマ(序曲)」でした。



僕や友達はみんな彼の演奏に釘付けになりました。

左利きの彼は両手を上手につかい、時に和音をおさえたり散らしたりしながら右手でなめらかにメロディーを奏で、僕らがみんな知っているあのドラクエの名曲達を次々に弾くのです。「冒険の旅」は勇ましく、「街」はポップに、「おおぞらをとぶ」はしとやかに、なにを弾かせても色気ムンムンです。
ガツーンときました。
オルガンで弾くものといえば童謡の伴奏、ピアノだってどこかの教室で習ってる子が小難しい譜面をみながらクラシックを弾くものだと思っていたのに、目の前の同級生が譜面もみずに大好きなゲームの曲を教室のオルガンで楽しそうに弾いているわけです。どうやって弾くの?楽譜読めるの?めちゃくちゃ興奮しました。

さっそく彼の家に遊びにいくと、ドラクエのサントラのCDや楽譜がありました。音楽なんてつまんないと思っていたけど、好きな音楽を演奏するのはこんなにも楽しいのかと知ったのです。
真似してすぐにドラゴンクエストⅢのサントラCDを買いました。これがはじめて買ったCD。ブックレットには簡単な楽譜が印刷されていたので、うちにあったオルガンで練習をはじめました。それからは学校の音楽の授業も楽しくなり、クラシックもドラクエのオーケストラを連想しながら聴いたし、リコーダーでドラクエの曲を吹いてみたりしました。

与えられたものを教科書通りになるんじゃなく、勉強した知識を好きなもののために生かし、自分が楽しむためにやっていいんだ、と気づいたわけです。

すぎやまこういち先生は神


ちなみに一番最初に弾けるようになったのは「ほこら」の曲です。これが超かんたんで・・・。今でも弾けます。

おなじみの(画像はⅡかな?)

家にレコードがあったり、オルガンがあったというのは環境に恵まれていたかもしれません。幸運にもドラクエのロトのテーマという名曲に彩られながら、かくしてこのように音楽というものに出会い、音楽で遊ぶことにはまってゆくのでした・・・。


つづく

あ、肝心のロックはどこにでてくるかというと中学になってからなのですが、それはまた次回に・・・。キラキラとしてた小学校時代でしたが、中学からはドロドロしてきます・・・。